「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー2」を字幕で改めて観ると、全部聞き取れるわけじゃないけど英語のニュアンスがわかり、モヤモヤしていた矛盾点なんかもだいぶハッキリした。どの曲がどの場面で流れていたのかとか。
 クラグリンの表情やセリフにも注意した。クラグリンを演じているショーン・ガンは、この映画監督ジェームズ・ガンの弟で、ロケットのモーションキャプチャーもやっているそうだ。彼の役柄の良いことを存分に感じた。「1」でも彼は出てきて、ヨンドゥのそばにいる。「2」では自分の発言によって仲間を失った悲しみやヨンドゥへの忠誠心が印象的。宇宙船の中で流れている曲に合わせて「soup soup」と歌いながらスープらしき物を食べている愛嬌の良さもある。あれはアドリブじゃないだろうか。なかなか愛すべき存在なのだ。
 そして「2」では、グルートが「I am Groot」と言うだけの言葉を、世話をしてきた周りの大人たちがなんと言っているのかだいぶ解釈できている。映画を観ている私たちには「I am Groot」としか聞こえていないのだけど。でもその抑揚がとても可愛い。親と子供の関係ってこういうところがあるよなあと思う。
 ヨンドゥがピーターに「おまえは狭い所や小さい所に入れたから」と何度か言っていたが、それが今回、ピーターやロケットたちがグルートにそういう役目を与えており、なるほどこうやってつながっているのだと思える。ヨンドゥがグルートのことを「小枝ちゃん」と呼ぶところなんか、もうおじいちゃんが孫に呼びかけているかのようである。
 又、ピーターが今まで過ごした皆とのシーンを瞬間的に幾つか思い出すのだが、その中にヨンドゥとのシーンもあって、その中身はともかく、二人の関係は父と息子に見えてくる。「Chain」の曲が、「まさにエゴ」に支配された父親でなく、本物の愛情や絆を感じ合う仲間たちに向けられたものだということも胸を打つ。そうやって「never break the chain」と強いビートをバックに流れる曲で、皆への思いを胸に父親エゴに向かっていくシーンは本当にカッコ良かった。
 ヨンドゥが軽く「あんな奴、おまえの父親じゃない」「おまえは良い息子だった」と両頬を両手で包むシーンは、どうこらえたって涙が出るというものだ。そしてピーターが宇宙服に覆われるための物を必死ではがそうとする。「1」でピーターは自分を犠牲にしてガモーラにつけた。そこからさらにヨンドゥの周りの思い出の品があったこと。トロール人形も。「1」では、ある物をめぐって皆が争うことになるのだが、ピーターが最後にそれをヨンドゥに渡した時、中身を可愛いトロール人形に差し替えている。ヨンドゥはどうやらそれも肌身離さず持っていたということなのだろう。そして最後の圧巻の花火のシーン。あんなに言っていたスタローン演じるスタカー・オゴルドもちゃんとやってくる。「father and son」を、ピーターとグルートがイヤホンを分けて聴く。クラグリンが叫ぶ。ハートをたたくいつもの合図。涙なくして観れようか。……で、デヴィッド・ハッセルホフの曲が流れ、陽気なラップで「育児なんてわからないんだよ、だって俺のパパは惑星だったんだぜ!」「Zardu Hasselfrau Zardu Hasselfrau hey!」って。
 もちろん「3」は率先して観に行きたいです。