あーだこーだと『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー2』について書いていたが、当然書きながら「1」を観直したい、そして感想を書きたくなるんだろうなあという気持ちはあった。
 そして観ました。確か一回目も家のビデオで観たのだけど、二回目も引っ張り出して観直した。「1」は、「2」を観てからの感想で書いたように、最初に観た時、殺伐とした光景やら残酷なシーンやらで、そりゃ本質的な「仲間との絆」が疑似家族を描いていて、とかはわかるけど、どちらかと言えば、目に焼き付いたものの方が強くて、疲れちゃった。なんなのこの世界は、と思考が途中まで追いつかなかったし。ピーターやロケットたちが投獄されてから脱獄するまでのシーンなんて、本当に暗たんたる気持ちになったし、最後の方のシーンもしんどいなあと思っていた。面倒くさいとかダルいとかじゃなく、本当に疲れちゃう「しんどいなあ」です。ただ曲が効果的に使われていたという印象。若い人は良いのだろうけど、ああいうのが疲れるようになってしまってからは、私はスリルだとかスピード感だとか爽快感だとかはもうしんどくて食傷気味なのだ。
 でも改めて観ると、もちろんうろ覚えの話の詳細が確認できて面白かったし、それだけでなく、「2」に同じような場面をわざと入れていたんだとか、「1」を彷彿させるシーンが「2」には結構盛り込まれていたんだということを知る。
 要所要所というほどではなく、実の父親の話題がちょこちょこ入っているのも面白い。観ると、ああそうかこんなに匂わせていたのかと思うのだけど、「1」を1回だけ観ているだけだと流していただろう、忘れていた、というシーンはたくさんあった。そしてつくづく「1」で、ヨンドゥはピーターを本気で殺す気は全然ないのだということもわかった。
 音楽の使い方も「1」と「2」とではだいぶ違ったことにも気が付いた。
 「2」は、その場面に応じてそういった歌詞の曲を選んでいたことが多いと思うのだが、なによりも緊迫感のあるシーンや残酷なシーンで、軽い曲や呑気な曲が使われて、その怖くなるような気持ちを緩和させてくれるという印象。「1」では、怖いシーンはやっぱり怖いことが「2」よりは多かったなあと思う。緊迫感のあるシーンでも呑気なセリフは多発するけど、やっぱり緊迫感は強くて怖くて全体的にちょっと疲れる。ただ、ピーターが踊っているシーンが多かった。曲を聴いて、緊迫したシーンで踊るのが最初の方でも最後の方でも印象的である。「2」ではピーターは、あまり踊っていなかったし、ガモーラのことはどうやら本気らしいこともある場面でわかる。「2」では、父親捜しそして父親殺し、そして本当の愛とは、家族とは、親子とは、がテーマ。
 「1」で重要視されたのは、皆の背景と、出会い、そして少しずつ仲間意識が芽生え、最後にはしっかりとした絆になるところだ。グルートが身を挺するシーンは美しく、胸を打たれる。そして「2」でもロケットは最後に泣いていたように、「1」でもロケットは最後に仲間を失って泣く。そして挿し木のグルートが成長し始める頃、既に音楽は流れ、グルートは昔流行ったフラワーロックのように踊っている。「2」でもグルートは最後のシーンで音楽を聴いていて、ピーターの影響のためにすっかり音楽好きとなっている。