以前も少し書いたことがあるが、何故ここまで虫が嫌いになってしまったのか。
 幼い頃はまったく抵抗がなかった。幻覚で30センチ大くらいの蟻が何匹も、何度か見えたことで蟻が駄目になり、蝶をつかまえて手に粉がついたこととアップで頭の部分を見たことで蝶が駄目になり、へたばっていたトンボを救おうと従妹と観察に観察を重ね、翌朝首が落ちていたのを見てトンボが駄目になり、セミを捕まえて腹の部分をまじまじながめているうちにセミが駄目になり、キャンプ場の巨大コオロギがたくさんスノコに張り付いていたことでコオロギが駄目になり、そういったことに伴い、その形状のものがどんどん嫌いになっていった。クモやカメムシやゴキブリやムカデももちろん嫌いだ。
 幼い頃から虫好きで、今も虫が好きなままの赤江玉緒が本当に羨ましいとさえ思う。そんな風に自分で不自由なくらい虫が嫌いだし、すべての虫が嫌いなのだ。唯一、赤いテントウムシだけ、ほんの少しだけ我慢ができるくらいだ。
 何故幼い頃あれだけ楽しんでいたのに、大人になって好きなままの人と嫌いな人とができるのだろう。物心つかない頃から「かわいそうだね〜」とか言いながら蟻を踏みつけまくっていたそうだし、ダンゴ虫を次々と丸めて坂で転がして遊んでいた。カミキリ虫を捕まえて一晩虫かごの中に入れ、眺めたこととか、兄が育てていたカブトムシをさなぎから眺めていたこと、バッタも好きでよく捕まえては眺めてまた飛ばしてみたりしたこと。色々思い出があって、とにかく私は虫が平気であったし、虫に対する好奇心があった。
 今はちょっとでも大きな虫を見ると殺虫剤をまき、死んだ虫がまたそれはそれで苦手で、それを処分することさえできない。本当に困ったものなのである。
 その割には母が極端に苦手な爬虫類や両生類は、ものすごく苦手な人からしたらそれほど駄目ではない。びっくりするし、気持ち悪いし、何より「怖い」けど、虫ほどの嫌悪感はない。小さなアマガエルなんて可愛いくらいだ。
 虫の話を何故してみているのかと言えば、庭での作業がものすごく苦手だからである。芝刈りをしていると、こおろぎが飛び交い、草抜きをするとうじゃうじゃとダンゴ虫や蟻が現れる。名も知らない大きめの虫もウロウロ逃げたりする。引っ越してすぐは、いちいち殺虫剤をまいたりしていたが、絶滅できるわけがないと気がついた最近は、「とにかくジロジロ見ない」という方法に徹している。芝刈りでコオロギをやっつけちゃったかもしれなくても、小さい虫がうじゃうじゃしていても、大きめの虫がウロウロしていても「見えていなかったことにしよう」と焦点を合わせないようにしている。でも内心気持ちが悪くて仕方ない。まじまじ見たらもっと気分が悪くなるので、これでもマシな方なのだ。それなのに、庭仕事は待ってくれない。芝生はすぐ伸びるし、雑草もすぐに生えてくる。虫を目にすることは避けられない。視界に入った虫をボンヤリ見ながら、どうしてこんなにも苦手になってしまったのだろう、と嘆かわしい。でも嫌いなものは嫌いなのだ。すごくたくさんある足や、その足が針金のように節がしっかりしていたり、その節ごとに少し毛が出ていたり、横縞のある胴体、くねくねの胴体、或いは切れそうなほどくびれのある胴体、大きな頭。ああ書くことでますます強化されてしまう。もう全部気持ちが悪い。