退院して、家に戻った。
 前日、母が掃除機をかけてくれたにしても、物が広がっていない。もっと散らかっているのではと心配していたので、部屋が片付いているし物が落ちていなくてキレイだしで、びっくりした。
 庭は、雑草が生い茂り始めていたが、当分は庭のことまで気持ちが回らないだろう。
 入院中、ずっと離乳食のような食事だったし、味にも飽き始めていたので、その後一週間くらい、ジャンクな物ばかりを欲してしまった。又、ほとんど噛まずに食べれるような物にしてくれていたので、退院してみると、噛んで食べたのが久しぶり。翌日、歯が全体に痛くなった。もう口中が頭痛のようにズキズキガンガン痛んだ。そして、歯とほっぺたの間に物がはさまって困った。これは入院中もそうだったが、食後うがいをし、入院中は毎朝外来の時に掃除してくれたので、助かっていた。「退院後は優しくなら歯磨きしても良い」と言われていたのものの、怖くて磨けなかった。親知らずがなかった左下の奥歯と前歯は磨けたが、それ以外は手術で縫った糸のようなものが常にあって、食べ物かなと舌で何度も触って「あっ違った。糸だ……。」と、気持ち悪かった。
 退院して一週間くらいは、ほっぺたが変色しきっていた。打ち身のような青あざが両ほっぺにあり、周りが黄色くなって、それが混ざるのか、緑色の部分もあった。両腕には、点滴に失敗したやはり内出血の跡だらけで、「ダンナにDV受けている人みたい!」と、夫が笑った。何故か歯を抜いていない左下のアゴの辺りの内出血がひどく、「これは、左下から殴られたんだよ」とまた笑った。そのうち、緑色が強く出るようになり、夫が「茄子の漬物みたい」と言い、しばらく私のほっぺたは「茄子の漬物」呼ばわりされていた。腫れが引くより、この変色は長く続いた。
 外に出て人と話すときっとびっくりされてしまうだろうと思うし、私も鏡を見ていて気持ちが悪かったので、ずっとマスクをしていた。あまりにもずっとマスクをして慣れ過ぎて、感覚としては顔の一部と化していたので、そのまま飲み物を飲みそうになってしまったこともあった。又、歯医者の診察台に座って背もたれを下げ始めている状態でも気づかずに「マスクを取って下さいね」と言われてしまったこともあった。
 ほっぺたの内側の痛みはずっと続いた。口に入れてしまえば、物はかたくても食べれるようになっていったが、痛くて口が縦に開かないので、気取っているのかと自分にツッコミ入れたいくらい、小さく小さくかじって食べていた。そしてほっぺたと歯茎の間に食べ物がはさまり蓄えていると、自分がハムスターにでもなった気分であった。
 意外だったのは、欠伸がしづらいことだった。欠伸って、アゴでやっているんだと気づいた。欠伸が出始めても、アゴが開かないと、すごく中途半端に欠伸が終わってしまい、全然スッキリしない。欠伸したい気持ちの4割くらいしか達成感を得られない時期が数日続き、その後、8割くらいが数日続き、9割台が、長く続いた。退院して10日ほど経っても、9割5分から上がらず、スッキリと欠伸ができないでいた。