夫と息子がいる間に、麻酔医、担当医、執刀医が、順番にベッドに来て、様子を聞いてくれた。そして、夜には下着やパジャマを看護師さんに手伝ってもらいながら着た。温かく感じて、「わーあったか〜い」と何度も言って笑われた。
 その後は一晩中、痛み止めの点滴をしていたらしく、それほど痛みは感じないで済んだ。しかし何度も痰がからまり、ティッシュに取ると毎度血まみれなのが閉口した。きっと手術跡から出ているのだろう。手術中に鼻から管を通していたせいなのか、その後も鼻がグズグズと気持ち悪いのも受け入れていたのだが、毎回血みどろのティッシュはいやだった。それを見ると、怖くなるので痰を取るのが少々億劫になった。ほとんど眠れなかったが、夜が明け、朝食は気持ちが悪くてほとんど食べることができなかった。熱はなく、トイレに向かい、鏡を見ると。
 えええええっ……。
 予備知識はあったものの、こういう風に腫れるのか……。と、唖然とした。
 でも、可笑しかった。まだ手術後ハイが続いていたに違いない。鏡の前で一人だったので、鏡を指差して笑いたいが、アゴが痛くて笑えない。可笑しい!!こんなに腫れるなんて。ベッドにいそいそ戻り、滅多にしない自撮りをした。ううーん……実物ほどひどい感じには写らない。カメラが気を使っているのか?と思うくらい、ちょっと残念である。でも、とりあえず可笑しいから、夫に写真を送った。それでも物足りず、実家の親に写真を送った。いや、まだ物足りない。笑ってもらいたい私は、さらに親友に写真を送った。
 母からの早速の返信が「ほとんど他人」というタイトルだったので、また爆笑である。でも、笑えないから内心で爆笑。私とは違う他人のようだという意味で書いたのだと思うが「お母さんはそんな人を産んだ覚えはありません」という風にも取れる言葉のチョイスが可笑しくて、「ほとんど他人」という言葉は、私の中で小さなブームとなった。
 昼を過ぎると、ほっぺたの腫れは、綿を含んでいる感じになり、失礼ですが宍戸錠を思わせた。夫は実際に見に来て「写真よりすごい」と笑ってくれた。
 夜になって、「綿を含んでいる」どころではなくなった。「餅を含んでいる」ようだ。「宍戸錠超えだ!」とまたメールをした。まだ可笑しいと感じる余裕があった。わあすごいなあ、自分の顔じゃないみた〜い。変顔を作らなくても変顔! ひとしきり楽しんだ。
 が。寝る前。鏡を見た時、初めて笑えなくなった。口が小さく見えてきたのである。私の口は普通の大きさだと思う。顔の比率から言えば、笑うと大きめ。でも、「あれっ。私っておちょぼ口?」と思うくらい、顔の面積が広い。ほとんど他人どころか、別人……。餅を含んでいるようでもあるが、それ以上に横への膨らみが大きく、輪郭と相当な下膨れで、顔が台形になっている。
 ちょっとブルーになった。こんなにひどくなるんだ。人相変わるとは言われたけど。