手術は、午後ということで、2時過ぎ頃に看護師さんが迎えに来た。
 その日は昼過ぎくらいから夫が付き添ってくれていた。でも全身麻酔が怖くて落ち着かなかった。
 白血球が常に低いので回復する元気はあるのだろうか。今日は頭と喉が痛いが大丈夫だろうか。容体が急変なんてしないだろうか。骨髄炎はうまく処置されるだろうか。
 入院前は、手術後のことも含めて心配していたが、当日はただただ手術がうまくいってほしかった。手術自体を色々と想像すると怖いので、そこは感じないようにしていた。よそ事な感じ。自分にとって緊張することや心配なことがこれからあるという時、あまり感じたり考えたりしないようにして、その場をしのいでいるのだが、その時もかなり「自分が自分ではない」感覚におそわれていた。他人が自分の体を使って喋ったり動いたりしているような。ちなみに幼い頃帰国してから長い間、この感覚で私は生きていた。
 そして、手術室に案内される間、看護師さんに怖いという気持ちを訴えたくて「緊張する」と言い換えて、看護師さんに共感してもらって少しでも気持ちを落ち着けていた。手術室に入るより少し手前の廊下で、夫は待たされるようだった。夫は「いってらっしゃ〜い」と、笑顔で見送ってくれた。すがるような気持ちも起こらず、待ちくたびれないでね、気疲れしないでねと心配した。まだまだ自分の体を使って他人が歩いているようであった。手術室はよくドラマで観るような、暗くて狭い部屋ではなかった。手術が行われている間は暗かったのかもしれないが、意識がなくなるまで電気が明るくて、そしてかなり広い部屋だった。執刀医と、助手になる方たちなのか、女性も何人かいた。皆、声をかけてくれて優しそうだった。シャワーキャップをかぶらされ、眉毛の下まで落ちそうになったので、グッと上げると、上げ過ぎたかなと思うくらいになって、あまり上じゃない方が良いのかなとか変なことに気を使いつつ、言われるがままに横になった。かなり緊張していたのか、ちょっと頭がクラクラめまいがしそうな、倒れそうな感覚になった。
 麻酔科医らしき人が「お子さんはもうすっかり治りましたか?」と声をかけてくれた。やはりこういう時に子供のことを言われるとリラックスするもので「ありがとうございます」と単純な私は嬉しげに返事をした。「うつらなかったですか?」と聞かれ「ちょっと喉とか頭が痛くなったんですけど」とか言ったと思う。麻酔科医の先生がそれに返事すると同時くらいに、別の人が左腕で血圧を計り始めた。これは確か手術の間ずっとつけていると、事前に別の麻酔科医に説明を受けた。左腕が寝台から落ちそうで、落ちないようにしなきゃと場所を探った。定まらないうちに、右腕にもなにか……。注射するとかなんとか言われた気がする。「注射は麻酔が効いてきます」だったか「眠くなりますから」だったか。右腕も落ちないようにしなきゃと場所を探っていた。心電図をはかるために、次々と「すみませんね、冷たいです」とか言われながらペタペタと付けられた。心電図か。呼吸を整えなくちゃと思った。呼吸を整えて、普段通りのデータを出さないと……とかまたおかしなことに気を使いつつ、深呼吸は気持ちも落ち着かせるだろうと二回ほど、深呼吸をした。
 すると「○○さ〜〜ん」と、肩をたたかれた。