買った服は確かにちょっと体に沿った感じだけど、目を覆うようなピチピチさはないし、どうせ薄手のセーターだから上着と一緒に着ることがほとんどだし、若い店員には、オバサン体型がわからないのかもなあ。
 その後も何度か着ては鏡の前に立ってみたが、確認する度「……。別におかしくないよなあ。」と思う。体にすごくフィットしているわけではないし、丈の長さもそこそこある。記憶の彼方に去りつつある彼女の顔を思い浮かべながら、「良いじゃない別にこれでさあ!」とか、いちいち声に出して言ってしまう。
 それとあわせて気になったのは、その言い方である。
 遠回しにサイズ確認した方が良いと言っているつもりなのか、中年おばさんには、その「遠回し」がバレバレなんだよう!
 最近本当にそういうことが増えた。若い人の「遠回しのつもり」とか、お愛想とか、全部透けて見えちゃう。ゴマすりとか、良いよそんな頑張ってお上手言わなくても。私を良い気分にさせようと思ってそういうこと言っても、私は何も変わりませんけど。とか内心思っている。何の得があってそうしているのだろう。私はむしろそういう人の方がいやだ。なにか目的でもあるんスか?って思ってしまう。でも私を持ち上げても特に機嫌も変わらず、可愛がってもあげないので、褒め甲斐がないと思われているのかもしれないです。その瞬間だけは悪い気はしないので嬉しくなるが、次の瞬間には冷静なのだ。
 元々若い頃から「上手に話を振っているつもり」の人も嫌いだったが、最近ますますそういう人がよくわかるようになった。例えば若い頃は、自分にそういう感じで話しかける男の人が薄っぺらに思えて苦手でも、男の人に対してや皆の前で積極的に話している女子が「スゴイなー」「うまく話せて良いなあー」とか思って、自分の話せなさ加減がコンプレックスなくらいだった。これが段々「無理しちゃって」と思うようになり、今や痛々しく見える。うまく話せない女子の方が可愛く見えたり、そういう要領の良くない子を客観的に見ると「そのくらいで良いよ、若いんだから」と思うようになってきた。世間話も、そのうち何となくできるようになってくるんだから、そんな若い頃から無理して話に乗っているフリしていても、その薄っぺらさがバレバレなんだよう!若い頃から年上の人や異性に上手に世間話できる人の方が、嘘くさいし、結局薄っぺらなのである。
 だから、若い人は、「上手に話しているつもり」なのだろうが、こちらはそれに気づいていないフリをしながら、実は気づいている。内心色々思いながらでも態度や表情には出さないでいる。私だって自分の世界しか知らないけど、若い人は特別な境遇にでもない限り、もっと知らない。知らないのに無理に話を合せていると、バレバレなのだ。それに気づいてくれ。「ああ、どうやって話をしたらいいのか、何を話したら良いのかわからない」と、オドオドしていたり、「特に話すこともないなあ」と黙っていたりする方が誠実で良い。
 そんなわけで、です。「小さめに作ってありますが構いませんか?」くらいにしておいて、あとは客にまかせておけないか。ちょっとくらいぴちぴちだとしても、多分本人としてはそれが気に入っているのだ。