映画館やビデオで、最初から最後までちゃんと観た映画って、全部ではなくてもほとんどどれも好きになる。ビデオで夫好みの映画を観ても、すぐ入り込んでしまうので、私はいちいち感動する。
 今回『はじまりのうた』を観たが、最近観た映画の中で一番好きと言える。それほど感情がたかぶらず涙も流れなかったのに観終わった後、心にじわじわ「良かった」という気持ちが広がってきた。人に言いたい、そしてここに書きたいと強く思った。
 恋人に失望した若い女性と、優れた音楽プロデューサーとして会社を設立したが仕事も家族ともまったく上手くいかずにどん底な精神状態の中年男性とが出会う映画である。
 若い女性は、作詞作曲共に才能に恵まれているが、恋人であるミュージシャンが彼女の歌を歌ってヒットし、アメリカニューヨークでしばらく暮らす。彼女は決して日に当たることはない。しかし、恋人と離れて自分の曲を歌った時に、どん底の音楽プロデューサーがそれを聴いて心を動かされ、アルバムを制作しようと必死に彼女の心をときほぐす。
 はっきり書いてしまうが(知りたくない人は読まないで下さい)、この二人、決して男女の関係にならない。気が合うので、好きだと勘違いしそうな間柄。でもお互いキュンとは来ていない。恋をしていない。気が合うのと恋に落ちるのとは違う。成熟した大人になれば、そのくらいはわかる。楽しいけど、勘違いはしていないよっていう。この二人、勘違いしそうな瞬間があったが、周りのお陰とは言え、そうなりそうになってもハッと我に返る。そんな二人の関係が実に心地良い。でもここまで通じ合えたら、お互いの相手がちょっと嫉妬しちゃうかも。っていうくらい、観ている側はほんの少し「どうなんだろう?」と思わせられる。若い頃だと、こんな展開は物足りないかもしれないが、今の私にとってはとてもリアルな世界が描かれていると感じる。恋じゃないとわかっているただの楽しさ。
 二人は、音楽を通じて知り合うわけだし、音楽についてたくさん語り合う。お互いのパートナーとも、それぞれのカップルが音楽でつながっていた。音楽のことで心を通わせるシーンはどの場面も良い。いや実際この映画は、ほぼ音楽について語るシーンである。どの相手とも。恋人、家族、友達とも。彼女が音楽を通じた旧友と再会し、話す場面はとても楽しいし、中年男性の娘とセッションして演奏する場面も実に良い。
 最初、どん底の彼の背景を観た時は、観ていてどうしようもない人で、どうしようもない人生だと思った。でも、彼が音楽に触れた時、彼の音楽に対する気持ちが強く伝わってきた。音楽にのり、体を揺らしてガンガン踊るシーンは、好きな音楽を仕事とし、その仕事に情熱をかけている彼を見直す場面である。いきいきとし始めるその様子は、浮浪者のような外見ながらもカッコよく見える瞬間なのだ。そして、同じく主人公である彼女も、音楽に対して並々ならぬ愛情を持っている。彼女は情熱というより、音楽を愛しんでいる。だから、音楽の醸し出す雰囲気やその世界観をとても大事にする。音楽を世に出す時の彼や、一時離れた彼氏のやり方が受け入れられない瞬間もある。ただ、彼らは彼女の作る音楽の生かし方も知っている。商業用という割り切りと理想とがぶつかり合うこともある。これは音楽に限った話ではないだろう。どちらもうなずける。