親の将来への期待というのは、いかにもどの国にもあることで、しかも貧富の差を問わずどの世界でも共通する問題であると思われる。自分の子供がどんな子であれ、親は親の都合でその子の将来を決めるべきではないと思っている。昔観た映画『いまを生きる』でも感じた。当時私は高校生か大学生で観た映画だが、こんな家庭があるのかと驚き、ただ親の期待を感じる辛さだけはわかる気がした。成績によって伺ってしまう親の顔色。劣等感や好きでもない勉強をしなければいけない苦痛などに関してはわかりすぎるくらい気持ちがわかった。きっと多くの子供が感じているだろう。果たして自分が親になってみると、周りには、自覚なく自分の子供に期待を寄せる親が多い。心理学や犯罪の勉強をしているところによれば、それが過剰になると、子供によってはいかに負担になり、心に闇を抱えさせられるものかと考えさせられる。子供にとって勉強って、ある程度の忍耐は必要だが、本来楽しいものであるはずなのに、好奇心がわかず、ただ良い成績を取るためのものとなってしまう。勉強が苦痛になることは、周りの環境によることが大きい。
 親の将来への期待に応えようと、気持ちが優しく繊細な子供は、一生懸命になる。なかなか期待に応えきれず、劣等感を抱え、悪循環になっていく。追い詰められていく。親に喜んでもらいたいという気持ちが強かったり、優秀な兄弟がいても、その傾向は強いだろう。私の場合は、土壇場で「まあいいや」と開き直り、好きなことでなければいい加減になってしまうタイプだったのが救いだが、真面目なタイプの子は、追い詰められてしまう。
 勉強が好きではない子だって勉強をするチャンスはある。生きている上でどこかで何かに好奇心をかきたてられるはずなので、その好奇心を伸ばすためには、色々と調べたり覚えたりすることが出てくるはずだ。それが、学校と関係のない勉強だとしても、早いうちから好奇心にまかせて知ろうとすることは、必然的に全体的な勉強のレベルアップにつながると思うのだが。どうだろう。
 この映画での素晴らしい1シーンは、その子が親を説得するシーンである。どう言ってわかってもらうのかなとドキドキしたが、セリフ一つ一つが素晴らしく、心を打たれた。
 もう一人の、貧しい家族を救うべく、その大学に通っている生徒は、主人公の伸び伸びした態度に感化されて羽目を外すのだが、ちょっと外し過ぎて学長に退学を命じられる。そうでなければ親友を退学させるかと。その二択に追い詰められた彼は自殺未遂に至る。あまりの衝撃的な展開に声も出なかったが、彼に意識がない間、奔走する友達たちに、私は涙が止まらなくなった。家族も精一杯接する。彼の意識を取り戻そうと皆が愛情いっぱいの言葉をかけ、励ます姿は、映画とわかっていても、心を打たれた。家族にとっても友人にとっても、結局一番大事なのは、その人が存在することなのだ。
 そして、伸び伸びと勉強する主人公は、好奇心にまかせて自分の気持ちに非常に誠実である。彼が「学ぶこと」について語る場面は、幾つもあるが、どのセリフをとっても、一つ一つが大事に思える。教育とはこうあるべきだ。学ぶということは、勉強するということは、こういうことであると語る彼の言葉に、すべてではなくても多くの親たちが共感したと思いたい。