バク転。
 また夫に呆れられた。だって、「バク転」の「バク」ってさあ。
 バク転は、後ろに反りながら飛び上がって、そのまま逆立ちのように手をつき、その勢いでさらに立ち姿勢に戻る。そんな説明しなくても良いか。でも、それを「バク転」だと思っていたが、時々「バック転」と言ったり書いたりする人がいることは、ちょっとだけ頭の隅にひっかかっていた。何でそういう言い方するんだ。って。
 で、ある日、新聞を見ながら、その内容について夫と話していて「あれ?」と気付いた。その記事に「バック転」とある文字が、いきなり私の中に「バック」として飛び込んできたのだ。バック=後ろ。でも「バク転」てなんなのよ。夫に「バク転とバック転の違いは?」と聞いたら「同じだよ」と言う。
 ええっ……。
 じゃあ、後ろに跳ぶから「バック」転なの?
 夫が「またやりやがったなコイツ」って顔をした。
 うえーん。またやっちまったよ。この世には、気付いていないけど使っているカタカナ語がまだまだあるぞ。
 まだまだあるのだろうと思ってはいるが、見つけようと思って見つけられるものではないので、いつだってその出会いは唐突である。こうやって、帰国子女のカテゴリーに入れているのも、本当にこれであっているのかという疑問が本当はちょっと頭をかすめる。帰国子女とカタカナ英語が苦手なのと、そんなに関係あるのかと。
 ところが。
 心強い仲間が現れた。
 夫の知り合いである。
 彼は、母親の影響で、幼い頃からアメリカのシチュエーションコメディばかり観て育ったらしい。そのせいだと思われるそうなのだが、カタカナ英語が苦手であった!
 わーい!!わたしだけじゃないんだー!!
 強い味方を得た気持ちになったが、いかんせん、彼とは、「性別」と「世代」という大きな隔たりがあり、「ツートンカラー」とか「パンプス」とか「ハンチング」とかいったような言葉をとことん知らなかったらしく、夫が、私の気付かなかったカタカナ英語を例に挙げても、その言葉自体がピンと来なかったらしい。
 そこまで共感は得られなかったが、とりあえず、似た傾向の人がいて、幼少期の英語が影響していることも共通しているということは、私にとってはとても嬉しい。いやあ他にもいたか!私だけじゃなかったか!っていう気持ち。一人じゃないぞという心強さ??いやあ良かった良かった。何が良かったのかわからないけど。