以前、息子が幼い頃にアパートに住む母親同士でサークルを作り、その説明をしている時、割としっかり者のお母さんの一人が「話を聞いていない目」であったことをよく覚えている。「あれっ。この人、私の話を聞いているようで意識が違うところに行っているよね。」と内心思った。そうか、人はこんな目をして違うことを考えるのかと感心すらした。私もきっとよく‘あんな目’をしているんだ!と、夫に話して笑った。
 そこで私の話なのだが、先日、そんな風に「人の説明が聞けない自分」をハッキリ認識してしまった出来事があった。「あっ!今!!私、聞いてなかったぞ!!」っていう瞬間である。
 息子の塾の先生が、教室から出てきた時に「まだあの時のテストを受けていなかったんですよね!」と話しかけてきた。「あれっ、そうでしたっけ!」と言った後、先生は「私も忘れていたんだけど、○○君(息子の名前)が‘僕、まだそれ受けてない’って言ったから、ああそうだったと思って!」と言った。「そうでしたか〜。」と受け答えしながら、息子はよく気づいたなと感心してしまった。きっとこれがもう意識が離れ始めていたところだったのだろう。「だから申し訳ないですが、家でこのテストを時間はかって60分、やってほしいんです。」ここまでは聞いていた。「あっわかりました!」
 そこからである。
 先生の声が続いた。「作文は……。」
 ここからが一切記憶にない。
 はっ!!……と気付いた時には、先生は私の顔を見て一生懸命話していた。時間にして、数十秒くらいだろうか。
 ここまでハッキリ「説明を聞いていなかった瞬間」を自覚したのは初めてである。そんな自分に動揺して、その後ますます先生の話が耳に入ってこない。あたふたした私は、先生がもうどんどん話を進めるので、あいまいに相槌を打ち、先生が「そんなわけで」とまとめに入ったのを良いことに「わかりました。とにかく、60分、時間をはかるんですね。」と、見当違いだったかもしれないけど、もっともらしい顔をして返事らしき返事をした。そこからは先生の言葉は覚えているが、大した内容ではない。ああ一体私はなんてことを目の前でしてしまったのだろう。1対1である。私はきっと、知り合いの‘あんな目’をしていたに違いない!しかも息子が家でやらなければならないテストの話なんて、結構重要ではないか。そんな大事な話を私は目の前で‘あんな目’をして聞いていなかったのだ。その間、何か私は特別に息子の事とか心配していたわけでもない。息子が特別フザけてこちらの気を引こうとしていたわけでもない。単純に私の意識がとんでいた。何を考えていたのかすら思い出せない。「よく覚えてるなあ、息子は」「そんなテストあったっけ」くらいだったような。そしてその直前に先生が作文の話をしようとしていたことしか。
 先生とさようなら〜って別れてから、息子にこのことを白状したら、失笑しながら説明してくれた。お母さんらしいよなって感じで。その場に息子がいて良かった。いやいや「良かった」じゃあないですよね。母親の方が聞いていなくてどうするんだよ。