頑張っている息子を認めて誉めてあげなくちゃ、親の役目じゃないかと気付いてから数日、スクールカウンセラーと話す機会があった。
 そのことに気付いたことも話したら「ああ、気付いて良かったですね〜!」と、しみじみ言ってくれた。
 息子が、宿題の前に荒れることも話した。物に当たり散らして泣き喚いて、宿題をとても嫌がること。私はそれを聞くのがいやなのだと。私は淡々と宿題をこなして、習い事をしたり、テレビを観たり、好きに過ごしていたのに、息子がああいう風になることが理解できないと。自分が機嫌の起伏の少ない子だったことも、息子がずっとこんなままなのかということや、そういう感情を聞いていると、辛くなってきて泣きたくなること。
 すると、カウンセラーは、その行動の前と後とで、どう変わっているかを見るのだと言っていた。確かに息子は、しばらくすると、ケロッとした様子で、私に色々話しかけてくる。ご機嫌を取っているとかではなく、普通に「そういえばさあ」と質問してきたり、学校での話をしてきたりする。それに対して、物に当たり散らし、泣き喚いていた息子を、私はなかなか受け入れられず、色々と問い詰めてしまう。でもそうではなく、泣く前の感情が、そうやって泣いて物に当たったことで、スッキリするなら、その変化を見てあげて下さいと言われた。そして、自分からは「大変そうだったね」「もうスッキリしたの?」など、「周りからはどう見えていたか」だけ話せば良いのだと。
 息子の気質が激しく、性格も違うのだということを言われた。息子もストライクゾーンが狭いが、どうやら母親の私もストライクゾーンが狭く、そのストライクゾーンがすれ違っているように思える、と話していた。すれ違った時に「でもお母さんにはこう見えた」と主張するのは良いが、言い合いになったら、大人である親側がちょっと譲りましょうよというようなことを言っていて、ああそうなのかと、またも自分の子供っぽさを自覚した。
 そういったことがとりあえず一段落。何とか自分で消化しつつあった。私が変わらなければいけないのだろうということ。子供のことをもっと客観視しようということ。私と息子は違うということ。
 そして夏休みがやってきた。