国語に関しては、小学生の私は漢字も文章問題も得意だった。作文も大好きで、クラスの誰より早く書き始めていたし、どんどん書きたいことは思いついた。決められた文字数の中におさめるのも得意だった。漢字も造形が素敵で、ハネとかハライとか面白くていかに正しく書くかに気を配って面白がった。文に関しては、いつも、今回のテストではどんな文章かなあと楽しみであったし、質問から解答を探し出すのも面白かった。設問を作った人の意図した、しっくりくる解答が見つかると嬉しかった。高校になると、文章から何が読み取れるか、ここはどういう風に感じるか、自分の考えを書く欄がとても多く、四苦八苦しながら解いたが、先生はいつも私に良い点数をつけてくれた。
 息子は、作文は嫌いじゃないけど、とりかかるのが億劫なようだ。書きたいことに焦点を絞れないので、どうでも良いことがものすごく長く長くなってしまう。以前、別のカテゴリーに書いたけど、キャンプの体験の作文を書いた時、持ち物に1〜2ページを費やし、肝心のキャンプ中のことは、何行かで終わって、大笑いしてしまった。
 漢字を書くことも苦痛らしいし、字も汚い。バランスが悪い。自分で注意して書いてみると、そこに注意が行き、ますますバランスが悪くなる。
 本も読むが、偏っている。物語文も読むが、私ほど興味はない。
 今の息子は、原子とか分子とかに興味がある。
 中学生や高校生の頃、ものすごく苦手だった分野だ。最初は「へぇ、そんなことに興味あるんだ」と思った程度だったけど、息子は好奇心から、どんどん質問をしている。私には、学生の頃も、今も「フーンそうなんだ〜」で終わるところを「これはこうなの?」「どういう風になるの?」などと、具体的な質問が次から次へと出てきて、私にはそんな質問すら出てこないと、ひたすら感心してしまう。
 何故こんなことに興味が出たのかと言えば、本当に一番の発端は、さまぁ〜ずなのだ。大竹一樹の「悲しい俳句」という著書に、「すいへいりーべぼくのふね」といったくだりが出てくる。息子が何だろうって感じで笑っているので、何度かやり過ごした後、「こういうのがあるんだよ」と、元素の周期表の存在を教えた。フーン。で終わるんだと思っていたら、思いの外、食いついてしまった。地震原発のことがあり、ニュースで出てくる様々な物質にも興味を持ったということもある。
 そして、もっと知りたいもっと知りたいが、止まらなくなってしまった。
 何がどういう物質で、何と似ているのか、どれが軽いのか、重いのか、何と何がくっつくのか、くっつくと何になるのか。知識欲が異様に刺激されるらしく、日々、その話でウンザリするくらいだ。私は興味がないぞ。聞いても「へー」でおしまい。全然頭に入ってこないし、覚えようという気にもならない。夫と息子の会話に入れなくて寂しいことは多々あるけど、頑張って覚えて会話に加わろうとも思えない。だって、興味のないことを覚えようとするのは苦痛だからだ。