形に残るからと、一番の興味の対象と、直接は関係のないことを勉強して、いつか試験を受けよう、関係はあるからいつかは役に立つ、と思っていたが、地震が起きた後は、むしろやる気が失せてしまった。
 そして、すさんでいるであろう人々の気持ちを思っては、自分の無力さを感じるばかり。被災者に対して、「技術で話を聞くカウンセラー」という存在も、彼らにとっては疎ましく思うことがあるらしいということも聞き、もっともだと思った。でも、それでも、彼らには、専門的な知識を持ち、少し離れたところからアドバイスをすることができる人が必要であることは確かだ。もう少し時間が経過したら、ますます必要になってくるはずだ。
 私は、15〜16年も、一体何をやっていたのだろう。あの当時、心についての本を手に取るきっかけを与えた災害の経験が、今は生かされていない。可哀相だ、気の毒だと涙を流していても、何の助けにもならない。ボランティアをしに行くエネルギーもない。それどころか自分の体調を崩して、健康を維持しようとするので精いっぱいだ。被災者たちは、日々を生活していくので精いっぱいだろうと言うのに。
 以前、人の心についての勉強を始めた頃、好き嫌いが激しく、器のせまい私にカウンセラーは無理だなあと思った私は、この勉強をどう生かせるかなと思った時に「近所の困っている人たちを支えよう」と思ったことがある。でも、それも、今回の地震で無理なことだとわかった。近所の人というのは、普段から顔を合わすし、自分の日常にも入っているから、そういったことも考慮しての会話になってしまうのだ。つまり、対その人、だけでは終わらない。周りとのバランスや、自分との今後などを考えながらの会話、となると、どうしてもその人に対しての好き嫌いが邪魔をする。近所の人だから、時間関わらずメールもしてくるし、返事をしないと失礼な印象を与える。親しい人ならこちらがワガママを言ったところで、わかってもらえるが、そういった「近所であるだけ」でつながっている相手には、なかなかワガママは言えない。今は返事したくないとか、しばらく人と連絡取る気分じゃないとか、忙しいとか、そういったことで気軽にメールを中断したり、また再開したりできるのが親しい人同士の良いところだが、近所の人には、自分の気持ちをあまりに率直には伝えられないものがある。
 それで、私は段々追いつめられてしまった。メールが怖くなった。自分の言ったこと、伝えたことが、全く「無」になることにも、ひどく傷ついてしまう。メールの返事に追われたり、伝えよう伝えようと努力しても全然相手の心に響いていないことに対して自分の無力さを感じ、動悸がしてよく眠れなくなってしまった。今まで以上によく泣くようになり、気持ちが不安定になった。息子にもそれが伝わるのではないかと思い、相手によってメールをやめると言い、相手によっては「少し疲れています」と言って加減してもらうようになった。それでやっと自分の気持ちが落ち着いてきた。
 カウンセラーは仕事だからできるんだ、報酬があるからと言っても、ボランティアでやっている人たちはどうなのだろう。それにやっぱりそれだけじゃない、この人に救うきっかけを作ってあげればと、技術と客観的な立場で、目の前にいる人を何とかしたいという気持ちも強くないとできないだろう。私にはカウンセラーなど無理だという思いは今もあるが、それよりも「近所だから難しいのだ」という気持ちは、確かに強く持った。
 近所の人に対しては、安易な気持ちでは、支えることができない。近所というのは、なかなか絶妙な女性同士のコミュニティーで保っているのだと思い知った。