『こころの科学 140 子どもの悩みをきく』(日本評論社)を読んで。続きます。
 今回は、抜粋ばかりで申し訳ないですが、私の感じたことに関しては、次回に載せたいと思います。一文一文の内容に重みを感じるので、この本に関しては一回分を短めに区切りたいと思いました。
 [子どもが友達にいじめを受けていると訴えた時、保護者の多くが子どもにすぐ言うのは「やられたらやり返せ」「(強い相手の場合)我慢しなさい」の二者択一的な助言である。これは、実際にじっくり話をきいている時間がないという物理的要因だけではなく、ゆっくりと話を聞く気持ちのゆとりがない、あるいはいじめられているなどという不快な話は聞きたくないという情緒的な要因も大きいように思われる。
 この二者択一的な回答は子どもを追い詰め、ますます不安にする可能性がある。子どもが安心して、率直に、不安な気持ちや不快な気持ちを表明できるのは、大人がそれをしっかりと受け止める準備ができていると子供が感じた時であろう。不安や不快な気持ちを受け止めてもらって初めて、その後の具体的な対応策へとともに解決への歩みを進める意欲が湧いてくるのである。これは、加害者側の子どもも被害者側の子どもも同じである。どちらも、聞いてくれる大人が自分を裏切らないこと、自分の味方だという確固たる信念がなければ、自分の弱点や苦手意識のあることについては語らないだろう。]臨床心理士 植山起佐子
 [大切なことの一つは、自分の本当の気持ちを語れるようになることである。よいことばかり取り繕う傾向のある子には、不満やつらさを表現してもいいということを教える。出方に違いはあれ、どの子も、抑えられていた思いを徐々に語り始める。
 もう一つ大切なことは、「悩み」を語ることが、単なる煩いの表明で終わらず、再統合的な意味をもつ方向に変化していくことである。そのためには、歴史的な始点をもつことが不可欠になる。この瞬間の煩いだけではなく、より根源的な煩いに目が向いていかねばならない。つまり、自分の人生に向き合うことが求められる。
 (中略)そこで語られだすのは、浅いものから深いものまでさまざまな深度の「悩み」であるが、そこで次第にメインテーマとして浮かびあがってくるのは、親とのかかわりの歴史である。] 医療少年院 岡田尊司