ところで、言葉の移り変わりにおう揚な私も、どうしても「それだけは元に戻らないだろうか」と思っている言葉がある。
 以前、ダウンタウンの番組で、チュートリアルの徳井が「‘食べてみたいと思います’の‘思います’はおかしい。」と言っていたのを聞いた時には笑った。確かに。徳井は「食べてみたいと思う」という様子を演じてくれていたので笑ったが、そうだな、食べてみたいな〜って「思っている」状態だもんな。実際には食べないんだよな。
 確かに変だとは思う。でもこれは「まあ笑えるけど、良いや」と流せる。こうやって言葉は変化していくのだ、と言い聞かせられる。
 ところがそこへ、同番組で、元フジテレビアナウンサーの山中秀樹の発言。「レストランで‘○△になります’っていうのはおかしい。」と言う。他の言葉の変化については受け入れようとする私だが、そこだけは「私も変だと思う!」と、大いに賛成して強く言いたい。
 この言葉については、実は前から夫に言っていた。「若者の使う言葉にあまり文句は言いたくないし、しょうがないと思っている。でも‘〜になります’だけはどうしてもおかしい。元に戻してほしい。」と。夫に言ってもしょうがないんだけど。
 他にも、「そちらの方、下げてよろしいですか」の‘そちらの方’もどっちの方なんだよ、そっちの方にある物全部かよ、とかツッコミをたくさん入れたくなるが、私もアルバイトやパートで店員をしていた時に、つい使っていた気がする。ちなみに、「○△でよろしかったでしょうか?」は、十数年前、働いていた頃にはまだ周りも使っていなかった。これも最近のことだ。「○△でよろしいでしょうか?」がいつの間に過去形になったのだろう。初めて聞いた時は「えっ?」と、一瞬絶句してしまったものだ。何でそんな聞き方?って。でも、そんな風に最近の人は言うのね〜。面白いね〜。で、違和感を持ちつつも、しょーがないなーっていう感じで受け入れている。
 まあ良いのだ。
 でもね、どうしても「○△になります」はおかしい!じゃあ今は違うのか!ってことになる。例えば「ハンバーグになります」だったら、今は別物で、しばらくしたら、ボンッ!!!!!って煙でも出て「ナヌ?!」と目をこらすと、それがハンバーグに変身……。という光景を思い浮かべてしまう。だから、店員が「○□になります」と言う度に、夫と小声で「今は別物だよ。もうすぐ○□になるんだよ。……ボン!!」とか言っている。
 どうしてもこれだけは、私の馴染みのある「○□です」という言い方に戻してほしい。「です」という言葉だって、いつ出た物か知らないけどね。まあだってね、縄文時代の言葉で、誰も話さないしね。
 だけどさ、ボンッ!ってやっぱり想像しちゃうんだよ。これだけはどうしても一時代前に、戻してくれないかなあ。