さて、そんなことを書いた上での親子の愛情について、もう一つ。
 胸を打ったことがあったので。某新聞に連載されていた、家族の体験話だ。
 お母さんを交通事故で亡くしたという家族。交通事故一つで、一人の命が奪われ、遺された人たちの思い。一つ一つがどれだけ重いか、交通事故という事柄を今一度、深く考えようという趣旨もあったかもしれない。しかし、というのか、だからというのか、読んでみると、あまりにその命は重く、家族の思いは果てしなく強く悲しく、胸に響いた。
 その時3歳になる娘と、お父さんの経験。お母さんが亡くなった時から、5話続いた。申し訳ない話なのだが、あまりに辛くて涙が出て、3話と4話を読むことができなかった。当人たちが発信している現実を読むべきだったのだが。どうしても娘として、そして母親としての心情から、「読まなければいけない」という気持ちが勝つことはなかった。
 しかし、5話目を何とか読んで、自分の勉強してきた心理学のことを思い返した。
 「お母さんは、子供に守ってもらう存在になっては、母子カプセルが出来上がってしまうので、どんな形態の親子であれ、お母さんはこれで幸せよと精神的に元気でいましょうね。」
 ということ。確かに書いている。それは実感でもあるし、子育てをしながらの私の信念となり続けるだろう。しかし。
 離婚という形での別れではなく、もし、夫、或いは妻を亡くしたら??
 交通事故のように、突然やってくることだって、可能性としてはないとは言えないのだ。
 そんな時に、幼い子供がいて、その子供の前で、泣かずにいられるだろうか?子供のためを思うだけでなく、単純に相手のことを思い出して、自分が悲しくなって、子供の前で泣く、ということは避けられないはずだ。
 そんな時、頑張りなんか効かないですよね。無理ですよ。新聞に出ていたお父さんも3歳の娘の前で泣いてしまい、娘に「泣かないで、私まで悲しくなって泣いちゃうよ。」と言われてしまう。これでもう娘に守られてしまう間柄ができてしまっている。二人は今後、精神的な葛藤を、とても多く重ねることだろう。女の子は、大人になってからも、お父さんとの精神的関係に苦労することもあるかもしれない。しかし、それは仕方がないとしか言えない。
 この連載を読んで、強く伝わったことは、このお父さんは、奥さんをとても愛していたということだ。それは娘さんに伝わっていることだろう。そして、奥さんと娘さんを本気で思っていることで、もうそれだけで、子育てには充分意義あることなのだ。
 こんなお父さん、お母さんたちに、無理に頑張ろうなんて、私はとても言えない。
 これもまた運命だ。親子としての在り方を考えながら、お父さんも娘さんも葛藤してほしい。奥さんにずっと思いを寄せながら、お母さんをずっと恋しく思いながら、年月を経て、お父さんと娘という関係を、よく考えていくだろう。強い絆でしっかりと結ばれて頑張って乗り越えられるのなら、二人はカプセルにはまりきらずに、素晴らしい関係を築き上げられるだろう。それこそ、マニュアルや勉学などを打ち破ることだろう。