実は、親が子の前である程度演じなければならない、と私自身が実感した瞬間がある。
 きっかけは、私が泣いた時のことだ。泣き虫の私はそれまでも(今でも)、しょっちゅう泣いていたし、子供の前でも平気だった。
 0〜2歳の息子が泣き叫ぶと、私のイライラが極度の緊張に変わっていく。さらに抱えきれなくなると私も泣きながら呆然とすることもあったし、怒ることもあった。当然、それを見て息子は赤ん坊ながらも何かを感じ取り、もっと泣いたり、何も感じないフリをしたり、明らかに意識的だった。
 しかし、その頃はまだ「赤ちゃんて泣くものだ」と自分も周りも、おそらく本人も当然のこととして受け入れている頃だったので、私自身はさほど罪の意識を感じていなかった。
 それが「マズイな……。」と思ったのが3歳代のこと。
 息子に、何か特別なことがあったようにも思えず、体調も普通だった。ところが、ちょっとしたことで、唐突にギャー!!と声を振り絞って大泣きする。切羽詰った感じで、私にしがみついてくる。どうしたのだろうと思って約1週間。なかなかそれもおさまらないので、どうしたの、何で最近そんな泣き方なの、びっくりするじゃないの、と問いかけてみた。ジタバタ暴れながらしがみついてくる我が子を抱き止めながら。こちらも動揺して声が大きくなる。これ以上こんな状態が続くようならこちらも参ってきそうだ。イライラしたり、そのうちまた泣いたりしてしまうだろう。
 よく聞くと「ミツ君は泣きたいのー!」と叫んでいる。「良いよ、泣いても良いよ、でも最近の泣き方はこの前までと違うよ、変だよ。お母さんだって泣きたくなるよ。」と言うと「母さんは泣いちゃダメなのー!泣いても良いのはミツだけ!!」と泣いているのだ。
 「じゃあ良いよ、母さんはミツの前で泣いちゃダメなのね。泣かないよ。ミツの前では絶対に泣かないから!」と腹立ち紛れに、ヤケクソになって怒鳴った言葉に、息子は反応した。
 そう、これで泣き止んじゃったのだ。
 泣き虫の私が、息子の前では泣かない、これは私にとっては相当に辛い仕事だ。だけど、その日を境に、唐突に叫ぶように泣いていた息子が、元に戻った。母親が度々泣いていると、子供に不安定な気持ちをもたらす、っていうのは本当だったんですね。
 その後、本で読んで反省させられた。親は、子供の前で泣いても良いが、それは子供に心の底から共感できて、子供の気持ちを思ってなら、のことだ。また、テレビや映画などに感動して泣くのも良い。でも自分が可哀相とか自分が苦しいから、という自分だけの辛さのために泣くのは、子供の気持ちをも苦しめることになる、とのことだ。子供の前で、度々(時には仕方がないよね)母親が悲しい顔、不幸せな顔を見せていると、子供は安心して親の前で感情を出せなくなる。母親は、少々辛くても自分の精神はタフであるというメッセージを子供に送り続けなければならない。体が弱くても、やはり心は強いというメッセージを送らなければならない。
 子供にとって、母親は守る存在ではないのだ。守られる存在なのだ。