料理をしていて、玉ねぎをみじん切りにする時、毎度毎度思い出すことがある。もういい加減忘れたいのだが、毎回思い浮かんでしまうものは仕方がない。
 大学生の頃、某団体のキャンプのリーダーをやっていた。仲の良かった友達に誘われて、ちょっとその世界をのぞいてみたかった私は、二回生からちょっとのぞいた。文字通り、のぞいただけで、すぐやめちゃうのだが。
 某団体は、キャンプのリーダーをボランティアで募っていた。リーダーの大半は大学生で、学年が上がるにつれて、求められるものも違ってくる。4回生はもうだいぶ慣れた感じで落ち着いていたし、3回生が一番その集まりを取り仕切っていたようだった。1回生は新米で色々教えてください!!っていう姿勢。2回生から入る人もいて、やっぱりそういう感じもあり、でも仕事を覚えてきている人たちは、少しずつまかされてもいた。
 ただ私は、一つの世界に入り込むことが、あまり好きではない。よっぽど好きなことでもない限り、その世界で生活のすべてを染めるということができない。よっぽど好きでも、あれもこれも楽しみたいのだ。だから、春休みや夏休み、キャンプをスケジュールにガンガン入れている子たちがいる中、私はアルバイトをしてちゃんとお小遣いも稼ぎたかったし、友達たちと遊びたかったし、本を読んだり買い物したり家でのんびりしたり、好きなこともしたかった。だから、少ししか入らず、何回か行っても、いつも前回でのことを忘れてなかなか仕事が身に着かなかった。女子で一番地位が争われるのが、キッチンでの仕事であった。リーダーだけの、キャンプの設営や撤収、それに伴う研修などで、毎食分の料理を作るのは本当に大変な作業であった。私はほとんど入っていなかったので、ここでの経験をほとんどせず、しかしそれにしては何故だかはわからなかったが、子供たちと直接関わるリーダーのサブの係につかされることになったりした。キッチンじゃなくリーダーに就かせてもらえる人はある傾向があったのだが、もしかしたらその傾向にあったのかもしれない。なかったかもしれない。よくわからないのだが、そんなわけで、ますますキッチンからは遠ざかってしまうのだ。リーダーたちを取りまとめる一番の長みたいな存在が、おじさんで、この人はキャンプの達人と言えるくらい、色々な経験があり、色々なことを知っていたし、皆のそういった役割を分担していたのだが、あまり存在感のなかった私が何故花形の役割をさせてもらえたのか、やっぱり謎である。もしかしたら、キッチンで活躍できなかったからかもしれないです。
 たまにキッチンに入ると「何をどうすれば」って感じであった。しかも、私は当時家で手伝っていた皿洗いの洗剤が肌に合わなかったようで、手がガサガサ、絆創膏もよくつけていたので、できることが限られていた。「何か手伝うことはありますか?」と声をかけるのは、ここで身についた。さっさと自分で見つけてやれる子は良いが、私は何せ経験が少ないし、どういう段取りで何が行われているのか、またそこのキッチンでの規則というもの、料理する時の段取りでなく、キッチンの回し方がさっぱりわからなかったので、自分で見つけることすらできなかった。迷惑がられても自分から聞くしかなかったのだ。それでもできること、与えられたことをするだけであった。