まあ、ペアの肩車の話は良いとして、1クラス約40〜45人が5クラスが基本だったのだが、6年生に上がる時に私たちの学年は、多くの子が引っ越してしまい、4クラスに編成し直された。それでまあ少しだけ人数が減ったが、組体操は、華やかにできたと思う。
 危険だからと2段のタワーで済ます学校が多い中、3段に挑んだんだっけ。そういう「危険だから、細心の注意を払って、ウチの学校はやってやるぞ」っていう、意気込みみたいのも気持ち良かったけれど、最近なら「そんなけが人が出そうなことをやらせないで」という父兄が多いのか。なんなのだ。遊具でけがをすれば、その遊具が全国の公園から消える。そりゃその怪我をして、それが指がなくなったとか骨折したとか障害が残ったとか、そういうことなら、親御さんや本人の気持ちは理解できるが、その遊具自体、周りの人が「壊せ、建てるな」と騒ぎ立てるほどに本当に悪者なのか?それならブランコも滑り台も全部危険だ。ジャングルジムも、上り棒も鉄棒もうんていも何もかも。
 けがをしてしまったことは、本当に悲惨で、その後の人生にも影響があると思う。が、そういう風に、事前に危険なものから遠ざけることを言い始めたら、本当に世の中から何もかもがなくなる。
 あっ、ちょっと話がズレているかもしれないけど、銃には私は反対ですよ、念のため。いくら気を付けていたって、感情的になっている時に、遠くからの一発でどうにかなるものは、ない方が良い。アメリカ社会が完全になくすことができないのは歴史的にわかるけれど、でも私たちがアメリカに住んでいた時、銃を持っていたわけではないし。日本人は基本的に持っていないと思うし。
 まあ話を戻しますね、それでですね、少々危険だというタワー3段だったかに挑んだわけです。皆真剣でした。怪我しないよう、本人たちも細心の注意を払い、自分たちがそういう技をできることに誇りをもっていました。でも、時々フザけてもいました。
 学年全体が、二つだけに分かれて、大きな作品に挑む時。確か「花」をイメージしたポーズです。何重もの輪になって、最初は皆、うずくまって両足を抱えて頭を入れています。
 練習の時、先生方の激が飛ぶわけです。「コラ!おまえらやる気あるのか!○○!!ちゃんとしろ!」などなど。先生方は、その出来具合を見るために、遠くから拡声器などで注意するので、生徒である私たちはそれを良いことに、ちょくちょく小さな声で口応えするんです。これが可笑しかった。男の子たちが、ボソボソと「ちゃんとやってるやんけ」「うるさいんじゃ」とか言う。周りの子たちがクスクス笑う。でも、決して指定されたポーズだけは崩さない。先生方のピピー!という笛の音と共に次の動作に移る。先生が注意しながらうっかり言い間違えると、また顔を伏せたまま、それを真似して、周りがクスクス笑う。……ピピー!!……皆が隣の人と手を取り合って、ぱあっと花開いたように、体をそらし顔を空に向け、両手を掲げる。口応えしながら。皆クスクス笑いながら。それなのに遠くにいる先生は気づかずに「よーし!」とかOKを出すので、ますますおかしいのだ。
 今の子たちは真面目だ。それが悪いとは言わない。でも、世の中の雰囲気に、おおらかさや臨機応変さが少々足りないと思う。