通学に1時間半かかることについては、あきらめていた。「あきらめる」と書くと、ちょっと大袈裟だけど、自分が住んでいる家から、小学校なり中学校なり、大学なり、会社なり、通うという現実を、人は真剣に「もっと近くに住みたい!!」「何とか短い時間で行けないものか」と悩むことはないだろう。1時間半て、結構遠いようで通える範囲なのでね。
 でも、その「あきらめていた」ことを思い出すことがあると時々、重た〜い気持ちになる。毎朝ラッシュアワーで、人のカバンが太ももの関節に食い込んで悲鳴をあげたくなるくらい痛かったことや、人の息と匂いでムンムン、腕一つ上げられない状態で息ができないかもと焦ったこと、生理痛で座り込みたくなり、脂汗をかきながらドアが開くのを待ったこと、気分が悪くて駅のトイレで何度も吐いてしまったこと、痴漢に遭っても怖くて声をあげられずに必死で身をよじり何とか足をあげてその人の足を踏んで逃れたこと、遅れそうな時は乗り換えの駅で、多くの人と乗り換えの電車に向かってホームを必死で走り階段を駆け降りたこと、好きでもない友人と乗り合わせたら嫌な話を適当に聞き流したこと。本当に、別に聞きたくもない嫌な話ばかりする人もいました。
 そして、学校の最寄りの駅に着いたら、そこから30分、今日は誰と行くのかなと漠然と心細さを感じつつ、何となくいつものメンバーと歩き、そのメンバーは少しずつ変わっていった。この前まではあの子が一緒だったのに、気が付いたら違う子と毎日通っていたり、私はその辺は無頓着で、相手が何と思って私と登校しようと、気にしていなかった。多分つまらなかったり、気が合わなくなったりして、その子が登校仲間を変えたりしたのだろうが、電車の時間に間に合わなくなってしまってそれが習慣化した子もいるだろうし、一緒に行かなくなったからどうこう思わなかった。一人だけ変わらない友達がいて、その子のことは結構お気に入りだったのだが、色々な話題ですごく気が合うわけでもなく、毎朝一緒だと段々話すこともなくなってしまった。
 下校に関しても、色々嫌な感情を思い出す。私は新聞部という、文化祭前とその最中だけ盛り上がる部に属していて、しかも私らしいのが、友達と誘い合って入ったものの、自分の「入りたい」動機と意志がとても強かったので、友達が辞めても私は新聞部をずっと続けた。なので、活動の活発な部に入っている友達たちと一緒に帰れず、一人で帰ることも多かった。30分程歩いて、1時間ほど電車を乗り継いで、とても静かに帰るのだ。寂しくて退屈で耐えられない気持ちの時は、早く駅についてしまいたいと、走って帰った。そうすると「一人だと、誰も一緒に帰る人がいないのを色々言われそうで、急いでいるように見せかけるねんよね。」と言っている声が聞こえて、ブルーになったことがある。好きなペースで帰らせてくれ。
 電車の中でも寂しかった。でも、少し離れた所に、気の合わない子が乗っているのを見つけた時、目が合ったから仕方なく声をかける時もあれば、声をかけてもどうせ話が弾まないからと気が付いていないフリをすることも多かった。これはお互い様と言う感じで、何となくその日の気分におまかせでした。