私が通っていた女子校は、中学から高校まで続き、当時は4クラスに分かれていた。
 女子ばかり、思春期の頃なので、一人ひとりとの関わりが、密接だったように思い。いつも一緒にいるような仲間ではなく、普段喋らないような人でも、大体の人の個性を感じ、席が近くなれば、それなりに近い関係になった。印象に残っている数人について書きたい。
 Uちゃんは、いつもひょうひょうとしていて面白い子だった。「あの子の性格は喜怒哀楽激しくて、重い」というのを、Uちゃんと親しくしている人たちから聞いていたが、私程度の距離感の友達には、いつもおかしなことを言って笑わせてくれた。隣りの席に座った時も、楽しくて仕方なかった。先生へのツッコミも、地味ながら気がきいていて、私は横でよくお腹を抱えて笑った。私の誕生日も覚えてくれていて、可愛いプレゼントをくれた。
 その時、後ろに座っていたのがKちゃん。彼女は、古くからの財閥のお嬢様であった。彼女はショートカットで、ソフトボール部のピッチャー。投げる球は、私には豪速球に見えたものだ。そしてブルーハーツが好きという普通の高校生であった。背はさほど大きくなかったが、ガッシリしていた彼女は、人気があって、「Kってさあ、ユンピョウ(当時、ジャッキーチェンに追いつけと出てきた香港の俳優である。ちょっと地味顔で、売り出している割に人気は今一歩だったのだ)に似てるよね。」と言われ、ちょっと遅刻してきた日なんかは、皆に「どうしたん、足りない女性ホルモンでも打ってきたん?」とか言われては、からかわれていた。彼女は授業中、私の椅子を引いたり、意味もなくつついてきたりなど、小さないたずらは多かったものの(笑)物静かにしていたが、持っている物は、校則違反ギリギリの物だったり、先生にも不満を言ってみたり、思春期特有の熱い物を私は感じていた。彼女とは、実は今も細々と続いている。この文を読んでもらうほど親密に連絡を取っているわけではないのだが、毎年クリスマスカードを交わして、近況やお互いの考えを書きあっている。彼女の子育てを見ると、彼女がいかに大事に、そして伸び伸び育てられたかが伝わる。とにかく二人のお譲ちゃんの「遊び相手」に、真剣になっている。本人が楽しんでいるものだから、子供たちも楽しんでいることは間違いない。とにかく、しっかり子供と向き合って、子供との時間を大切にしているようだ。財閥のお嬢様としての重圧も感じさせず、のんびりと日々を楽しんでいる様子を読むにつけ、微笑ましく感じている。大学を卒業してからはずっと会っていないが、親子で会ってみたいなと思う友達だ。
 さらにその学校で印象的な友達の一人、Cさんのことを少し。
 彼女とはほとんどの学年同じクラスで、席も隣りや斜め、前後など近くなることが多かった。特に親しくしたこともなく、よく喋ったこともないのだが、「いっつも近くなるよねえ。」と言っては笑いあっていた。彼女は、結構ズバズバ自分の意見をハッキリ言うので「キツイ」と周りの友達から言われていたが、私はそれで嫌な気持ちがしたことがなく、彼女の考え方がわかる意見の言い方には、むしろ好感を持っていた。でもある日、彼女は、ちょっぴり衝撃を受けた感じで「私ってさ、中国人やってん。」と周りに話していた。「名前からして、どこかに血が混じってはいると知ってはいたけど、生粋の中国人だった。」という意味合いだったようだが、それに対して、やはり他人の私としては無責任なので「そうか。」と思うだけだった。でも、それで、ちょっと引いてしまった人もいたみたい。彼女はいつも毅然とはしつつ、少し寂しそうな様子も時折見せていた。
 大学を卒業してから、一度偶然、道端で会ったことがある。彼女を見て、嬉しくなった私は声をかけ、彼女も嬉しそうにしていた。今どうしてるのかな。