そこの学校で、もう一人、書いておきたい友達のこと。
 Jちゃんは、下校仲間だった。
 背が高くて、活発で、ハッキリ物事を言ってサバサバした彼女のことを、私は気に入っていた。喋っても楽しく、下校時間、彼女と一緒になると、よく笑って帰った。
 ところが。もう一人、同じ学年の女の子が近所にいて、彼女は、よく女の子ある「この子は私のものよ。」という友達を独占したがるタイプの子だった。そして、私はその彼女に、すごく好かれてしまったのである。トホ。
 下校時間、Jちゃんと楽しく帰りたい私を、その女の子は引き離したがった。三人で帰ろうとしても、それも駄目らしい。独占欲の強い彼女は、気も強くて、周りの子たちを支配したがった。アナタはこうしなさい、こうしないと怒るよ、駄目!と命令して回っていた。彼女はとても威圧的で、怒らすと大変面倒であった。当時の私は、そんな子を相手にしないという強さがなかった。特にアメリカから帰国したてで、周りに合わすので精いっぱい。周りの子でそういう女の子がいるというのは脅威だった。言うこと聞かないとジメジメ、ジトジトと責められる。意地悪な彼女に、私の心はいつも折れっぱなしであった。
 ある日、その女の子が、とうとうJちゃんと一緒に帰るなと言い放った。「それはいやだ」とさすがに抵抗したのだが「なんでよ!Jちゃんと私とどっちが好きなの?!」とせまってきた彼女に、私は圧倒されて「アナタ」だと言ってしまったのだ。
 何ということだろう。バカな私。
 すると、急に鼻息荒くふんぞり返った彼女。Jちゃんに今の会話を言って聞かせて「かすみちゃんは、私のことが好きなんだからね!」と言い放った。私はものすごい罪悪感でいっぱいになった。嘘をついたということ。Jちゃんを裏切ったという思い。そしてJちゃんの気持ちを思うと、言ったそばから後悔した。でもその後もどうしようもなく、私はただその罪を背負って、毎日トボトボと下校する羽目になった。間もなく、諸々の事情で、私は転校することになった。
 そして昨年、約30年ぶりにJちゃんのことが、母の口から話題に上った。何とJちゃんの母親、そしてJちゃん、そのご主人と偶然電車で居合わせたと言うのだ。
 Jちゃんのお母さんやJちゃんは、私のことを覚えていなかったらしい。あの時、深くJちゃんを傷つけなくて良かったという思いと、もしかしてあの時、Jちゃんの方が好きとハッキリ言っていたら、その後もよく遊び、覚えていてくれたかもという複雑な思いが交錯した。
 Jちゃんじゃない方の彼女の方が好きだと言った時の、Jちゃんの表情を、私の方は今でも目の前でハッキリと思い出せる。Jちゃんは、そんなことをわざわざ威圧的に私に向かって言わせた彼女、それを嬉しそうに意地悪な表情で報告した彼女、そしてJちゃんを好きだとハッキリ言えなかった私に怒っていた。「腹が立つ。悔しい。」明らかにそういう顔をしていたのだ。
 あの思いを、私はきっと忘れない。Jちゃんが覚えていないにしても、私の罪の一つなのだ。好きな友達を、嘘つくことで悲しませたくない。一人犠牲にして、やっと気付いた愚かな私なのだ。