前から書きたかった、今までに出会った人たちのことを、このカテゴリーでは書いていきたい。
 現在進行形で、親しくしていただいている友達たちのことは、照れがあるので控えることにします。書くとしても、最後の方に、手短に書きます。当人たちには、なるべく直接普段から感謝の言葉を述べたいと思っています。
 ここでは、もう通り過ぎていってしまったお気に入りの友達たち、懐かしい思い出として記憶に残る人たちのことを書いていきたいと思います。ちょっと大人になってからの生々しい出会いは避けるとして(笑)、今どうしてるかなあとふと思い出す人たち。記憶の引き出しが時々開けられるんですね。顔まではハッキリ出てこなくても、雰囲気や会話、その人たちとの思い出は懐かしく、自分の子供が成長すると不意に記憶によみがえってくる人もいる。
 一回につき、一人か二人のことになるかもしれないけど、順を追って書いていきたいと思います。
 今回は、一番最初に「この子好きだなあ」と自覚した女友達についてです。
 その子は「ようこちゃん」という子でした。
 アメリカに住んでいた私が、日本でいう幼稚園の年長のクラスに入っていた時に、転入してきた女の子がようこちゃん。彼女は最初は泣いてばかりいたのだけど、同じ日本人だからという理由で隣りに座らされた。泣きっぱなしの彼女があまりに可哀相で、「大丈夫?」と声をかけたのがきっかけだったと思う。正確な記憶は定かではないけど「日本人なの?」とか聞かれたような覚えがある。
 彼女は、私より少し背も高くて、髪の毛も長く、お姉さんタイプで、最初こそ泣いてばかりいたものの、普段の態度は堂々としていた。それにすごく気に入ったのは、仲が良くなってしょっちゅう一緒にいたけど、束縛感がないことだった。私は女同士の「ベッタリ」が今も苦手なのだが、当時からすごく苦手だった。一人になりたい時もあるし、別の友達といたいこともある。それが「アナタとはいたくない!」という意味ではないのだということも、暗黙の了解というか、その辺が相性というのか、分かり合える相手でなくては続かないのだ。お互い、違う友達と喋ったり遊んだりしているからと、怒ったり妬んだり、ということはない。ただ、どんな時にもお互いの味方をする信頼感があり、ようこちゃんとはそんな良い関係だった。
 不思議なことに、そういう幼稚園のようなクラスや学校から家に帰っても、ようこちゃんと約束して会うということはしなかった。遠いからということもあったけど、誕生日などで招待する以外はわざわざ約束はしなかったのだ。
 それでも私の大好きな友達だった。時々偉そうに仕切る私の横で、私の存在を支えてくれていた。いやなこと言ったりしたりする子のことは「あの子って嫌な子よね!」とは言うけど、だからと言っていじめたり、仲間はずれにしたりするようなことはなく、幼いのにわきまえている子だった。彼女のそういった振る舞いが好きで、今でも会いたいと思う。アメリカから帰った私は、すっかり誰とも連絡を取らなくなってしまったけど、今どうしてるのかなとふと思う。
 素敵なお母さんかな、バリバリ働いているのかな、何にしても、涼しい顔で「佳澄ちゃん変わってないのねえ」なんて言ってニコニコしていそうだなと想像する。